【改正案】「遺族厚生年金」の男女差是正へ<社労士執筆>

厚生労働省が、遺族厚生年金の男女格差をなくす方向で検討を始めたそうです。そこで今回は、遺族厚生年金の「男女差」とは何なのかを、再確認してみたいと思います。

遺族年金とは?

遺族年金には、老齢年金と同様に、「遺族基礎年金」と「遺族厚生年金」があります。遺族基礎年金は、自営業者など国民年金加入者が亡くなった際に、その遺族に支給されます。

一方、遺族厚生年金は、会社員など厚生年金加入者が亡くなった際に、その遺族に支給されるものです。今回、見直しが入る予定なのは、主に会社員を対象とした「遺族厚生年金」のほうです。なお、「遺族基礎年金」と「遺族厚生年金」を簡単にまとめると、以下のようになります。

項目遺族基礎年金(1階部分)遺族厚生年金(2階部分)
制度の基盤国民年金厚生年金
対象者主に国民年金加入者の遺族
※元・加入者も含む
主に厚生年金加入者(会社員など)の遺族
※元・加入者も含む
受給条件子のある配偶者 、子配偶者、子、父母、孫、祖父母
支給額定額(子の数による加算あり)故人の報酬や加入期間に応じて変動

遺族年金をもらえるのは誰?

具体的に誰が遺族年金を受け取るのでしょうか。対象者は「遺族基礎年金」と「遺族厚生年金」で異なります。

<遺族基礎年金>

死亡した人に生計を維持されていた次の遺族に支給されます。

① 子のある配偶者
② 子

<遺族厚生年金>

死亡した人に生計を維持されていた次の遺族のうち、最も優先順位の高い人が受け取ることができます。なお遺族基礎年金を受給できる遺族はあわせて受給できます。

① 配偶者、子
② 父母
③ 孫
④ 祖父母

加えて、年齢を含めた受給要件が設定されています。

「子・孫」は基礎・厚生いずれも、18歳年度末までにある人(障害年金等級1級・2級にある場合は20歳未満)が対象です。「子・孫」は年齢到達、あるいは結婚などにより受給権を失います。

「父母・祖父母」は、死亡当時に55歳以上の人のみが対象となり、受給開始は60歳からとなります。「父母・祖父母」は、一生涯の無期給付です。ここまではシンプルなのですが、見直しが予定されている「配偶者」に関しては、男女差があり、少し複雑になっています。

まず、男性(夫)については、「父母・祖父母」と同様に、妻が死亡当時に55歳以上の人が対象で、受給開始は60歳となります。ただし、遺族基礎年金を受給できる(つまり、子どもを養育中である)場合は、55歳~60歳の間でも遺族厚生年金を受給できます。55歳未満の子のある父の場合は、父である配偶者ではなく、子どもが受給することになります。つまり、養育中の子どもがいる場合は、事実上の男女差はありません。

次に、女性(妻)についてですが、男性のように55歳以上の年齢要件はないため、年齢問わず遺族厚生年金を受給できます。ただし、30歳未満で子どもがいない場合、もしくは遺族基礎年金失権当時(子どもの年齢到達時)に30歳未満である場合に限り、その後、5年間の有期給付で打ち切りとなります。

そのほか、40歳~65歳の女性(妻)で、対象年齢の子どもがいない場合は、一定の金額がプラスで給付されるなどの措置(中高齢寡婦加算)も設けられています。(参考:日本年金機構

遺族厚生年金の男女差とは?

「遺族基礎年金」には、男女差が存在しません。一方で、「遺族厚生年金」には、下記のとおり年齢による男女差があります。

<現行>子どもあり子どもなし
女性(妻)・無期給付/中高齢寡婦加算あり
 ※30歳未満で子の年齢到達なら、その後5年有期
<30歳未満>有期給付(5年間)
<30歳以上>無期給付/中高齢寡婦加算あり
男性(夫)・<55歳未満>なし →子が受給(有期給付)
・<55歳以上>無期給付(受給開始は60歳)
・<55歳未満>なし
・<55歳以上>無期給付(受給開始は60歳)
※妻の死亡時に55歳以上の夫が遺族基礎年金をあわせて受給できる場合には、55歳以上60歳未満であっても遺族厚生年金を受給できる。

「子どもあり」の場合も男女差があるのですが、今回の法改正で見直されるのは「子どもなし」の場合のみです。「子どもなし」場合のみに絞って比較すると、次のとおりになります。

このように比較すると、字面だけを読むよりも、大きな男女差だと感じるのではないでしょうか。

この現状に対して、子どもがいない配偶者の場合は、男女一律で5年の有期給付 へと変更する改正案が示されているようです。

つまり、子どものいない30歳以上の女性にとっては、終身から5年の有期となるため、給付水準が下がります。一方で、子どもがいない55歳未満の男性は、今まで給付がゼロだったところ、5年間のみ受給できるようになるため、給付水準が上がります。こうした形で、男女差を埋めようとしているのだと考えられます。

After(改正案)※決定ではない子どもあり子どもなし
女性▼変更なし
・無期給付/中高齢寡婦加算あり
※30歳未満で子の年齢到達なら、その後5年有期
▼待遇DOWN
・<55歳未満>有期給付(5年間)
・<55歳以上>無期給付(受給開始は60歳)
男性▼変更なし
・<55歳未満>なし →子が受給(有期給付)
・<55歳以上>無期給付(受給開始は60歳)
▼待遇UP
・<55歳未満>有期給付(5年間)
・<55歳以上>無期給付(受給開始は60歳)
※妻の死亡時に55歳以上の夫が遺族基礎年金をあわせて受給できる場合には、55歳以上60歳未満であっても受給できる。

※参考/厚生労働省「遺族年金制度等の見直しについて」:https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001281516.pdf

まとめ

現在の遺族厚生年金制度は、30歳以上の子どものいない女性配偶者に終身受給を認めていますが、これは高齢化で社会保障費が膨らむ今の日本の状況を考えると、やや充実しすぎているかもしれません。また、共働きが一般化した現代では、家庭内の経済力における「男性>女性」という従来の前提が、必ずしも当てはまらず、むしろ逆転しているケースも見受けられます。こうした社会の変化を踏まえると、遺族基礎年金のように男女公平な制度へと移行し、真に保護が必要な人々を守る仕組みづくりが、今後のあるべき方向性だと思います。