【重要判例】『企業の労災認定 取消請求権』―あんしん財団事件(最高裁2024年7月4日判決)

事件のサマリー
2015年、労働基準監督署が、事業主(一般財団法人あんしん財団)のもとで働く従業員の申請に基づき、業務起因で精神疾患が発症したことを認め、労災認定を行いました。その後、従業員は療養補償給付と休業補償給付を受給しています。
事業主は、この労災認定の取り消しを求めて国を提訴。提訴の背景には、この事業主に労災保険のメリット制が適用されていたことが挙げられています。メリット制とは、労働災害の発生状況に応じて事業主の支払う労災保険料が増減する制度のこと。つまり、労災認定によって事業主に不利益が生じるとの言い分です。
2022年、一審判決では事業者には訴訟を起こす権利はないとして、事業主の訴えを却下。同年の二審判決では、メリット制を適用しており事業主にも不利益が生じるため、原告適格があるとしました。
2024年、最高裁判決では、労災保険法の目的を改めて確認し、事業者には訴訟を起こす権利はない(原告適格がない)と結論づけました。
判決のポイント
最高裁は、企業が労災認定処分の取り消しを求める「原告適格(訴えを起こす資格)」を有するかについて、以下の重要な判断基準を示しました。
📌労災認定処分の性質
・労災認定は、あくまで労働者に対して労災保険給付を受ける権利を付与する行政処分であるとしました。この処分は、企業に対して直接的な義務を課したり、権利を侵害したりするものではありません。
📌労働保険料増額の性質
・企業が主張する「労働保険料の増額」という不利益は、労災認定処分そのものがもたらすものではなく、労災保険給付額に応じて保険料が変動する「メリット制」という制度から派生する、間接的・反射的な不利益に過ぎないと判断しました。
📌原告適格の否定
・裁判で争うための「法律上の利益」は、処分によって自己の権利や法律上保護された利益を直接的に侵害される者に限定されるとしました。本件のような間接的な不利益は、この「法律上の利益」にはあたらないと結論付けました。
📌企業の手続保障
・最高裁は、企業の手続保障が全くないわけではないと補足しました。企業は、労災保険料の増額が不当であると考える場合、後日行われる保険料の認定処分(労働保険料額の決定処分)に対して不服を申し立てることで、その適法性を争う機会が与えられているとしました。
踏まえての留意点
👉企業は労災認定そのものを取り消せない
・企業は労働者に対して下された労災認定処分について、裁判でその取り消しを求めることはできません。労災認定は、あくまで労働者の保護を目的とした処分であり、企業が被る保険料の増額などの不利益は、直接的なものではないと判断されたからです。
👉「労働保険料」の不服申し立ては可能
・労災認定に基づいて不当に増額された労働保険料の決定に対しては、不服申し立てや訴訟を起こすことができます。この点については、企業の手続保障が残されています。
👉安全配慮義務の徹底が不可欠
・この判決は、労災認定が一度下されると覆しにくいことを示しました。企業にとって、労災そのものを未然に防ぐための安全配慮義務を徹底することの重要性が、これまで以上に高まりました。労働環境の改善や長時間労働の是正など、労働者の安全と健康を守るための積極的な取り組みが、企業の法的リスクを軽減する最大の方法となります。
出典
・事件名:令和5(行ヒ)108 療養補償給付支給処分(不支給決定の変更決定)の取消、休業補償給付支給処分の取消請求事件
・裁判所:最高裁判所第一小法廷
・判決日:令和6年(2024年)7月4日
・参照法条:行政事件訴訟法9条1項、労働保険の保険料の徴収等に関する法律ほか
・最高裁判所の判決文:https://www.courts.go.jp/hanrei/93169/detail2/index.html



