【重要判例】『配転命令と権利濫用』―ケンウッド事件(最高裁 2000年1月28日判決)

<事件のサマリー>

この事件は、Y社 に勤務していた 労働者X が、目黒区の本社から八王子事業所への配転命令を受けたことをめぐり、その有効性が争われた事案です。

労働者Xは、配転により通勤時間が大幅に延び、当時3歳の子どもの保育園送迎ができなくなるなど、家庭生活が著しく損なわれるとして配転命令を拒否。長期間(36日間)出勤しなかったため停職処分を受け、後に懲戒解雇されました。

これに対し労働者Xは、配転命令は権利の濫用に当たり、懲戒処分および解雇は無効であると主張しました。一方Y社は、就業規則に基づく適法な配転命令であり、業務上の必要性も認められると反論しました。

最高裁は、配転命令には業務上の必要性があり、労働者Xに生じる不利益も「通常甘受すべき程度」を著しく超えるものではないとして、配転命令およびそれに従わなかったことを理由とする懲戒処分を適法と判断しました。

<判決のポイント>

結論:労働者の敗訴(会社の勝訴)

●転勤命令には原則として個別同意は不要

本件では、就業規則や雇用契約の内容などから、会社には労働者の個別的な同意がなくても、東京都内の企画室から八王子事業所への転勤を命じる権限があると判断されました。勤務地が同一都内であることも踏まえ、業務上の配置転換として許容される範囲内の命令であるとされています。

●配転命令が権利濫用になる判断基準の確認

最高裁は、配転命令が権利の濫用となるのは、①業務上の必要性がない場合、②不当な動機・目的による場合、③労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を与える場合など、特段の事情がある場合に限られることを確認しました。本件では、これらに該当しないと判断しています。

●家庭生活への影響が直ちに違法とはならない

労働者Xは、通勤時間の増加や育児への影響を主張しましたが、最高裁は、これらの不利益は決して小さくはないものの、社会通念上「通常甘受すべき程度」を著しく超えるとはいえないと評価しました。家庭上の事情がある場合でも、それだけで配転命令が無効になるわけではないことを示した判断です。

●転勤拒否を理由とする懲戒処分の適法性

転勤命令が権利の濫用に当たらず有効である以上、それに従わなかったことを理由とする懲戒処分についても違法性はないとされました。業務命令に正当な理由なく違反した場合、懲戒処分が認められることが確認されています。

<踏まえての留意点>

●就業規則における配転規定の整備が前提となる

本判決は、配転命令権の根拠として就業規則の存在を重視しています。企業としては、異動・転勤を命じる可能性があることを就業規則上明確に定め、実際の運用とも整合させておくことが重要です。規定が曖昧であったり、形骸化している場合には、配転命令の有効性が否定されるリスクがあります。

●配転の必要性を具体的に説明できる体制を整える

配転命令が有効とされるためには、単なる人事裁量ではなく、具体的な業務上の必要性が求められます。本件では、欠員補充や人選基準が明確であった点が判断を支えました。企業は、配転の理由や経緯を客観的に説明できるよう、記録や説明資料を整備しておくことが重要です。

●労働者の不利益への配慮は不可欠

本判決では配転命令は有効とされましたが、労働者に生じる不利益が大きい場合には、権利濫用と判断される余地があることも明確に示されています。育児や介護など個別事情を把握した上で、可能な配慮や調整を検討する姿勢が、紛争予防の観点からも重要です。

●育児・介護休業法の改正にも留意

2002年の育児・介護休業法改正により、事業主は、就業場所の変更を伴う転勤を行う際、子の養育や家族の介護に支障が生じるおそれのある労働者の事情に配慮することが義務付けられています。そのため、現在では同様の事案でも、異なる判断が下される可能性もあります。(育児・介護休業法

出典

・事件名: 異動命令無効確認等請求上告事件(ケンウッド事件)
・裁判所: 最高裁判所第三小法廷
・判決日: 平成12年1月28日(西暦2000年1月28日)
・参照法条:労働基準法 第2章、労働基準法89条1項9号
・判決文(判決概要):https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/07405.html