【重要判例】『年俸制における割増賃金の算定方法』―医療法人社団康心会事件(最高裁2017年7月7日判決)

<事件のサマリー>
この事件は、医療法人Yに雇用されていた医師Xが、年俸1,700万円に含まれているとされていた時間外労働および深夜労働に対する割増賃金、ならびにそれに伴う付加金の支払いを求めたものです。法人Yでは、法定労働時間を超える勤務が常態化していたとされます。
一審の横浜地裁は、月60時間を超える時間外労働や深夜労働については、年俸に含まれて支払い済みとはいえないと認定し、割増賃金の支払いを命じました。これに対し、二審の東京高裁は、医師の業務の性質などを考慮し、割増賃金は年俸に含まれているとして、多くの部分で医師Xの請求を退けました。
最高裁は、年俸のうち通常の賃金部分と割増賃金部分を明確に区別できない場合には、法人Yは割増賃金を支払ったとはいえないとし、原審の判断を一部差し戻しました。
<判決のポイント>
結論:労働者の一部勝訴
●年俸制でも割増賃金の支払い義務はなくならない
最高裁は、年俸制だからといって時間外・深夜労働の割増賃金の支払い義務が当然になくなるわけではないと判断しました。労働基準法37条が定める割増賃金は、労働時間の抑制と労働者保護(補償)を目的とする重要な規定であり、その趣旨は年俸制であっても変わりません。したがって、割増賃金を年俸に含めるには、一定の要件を満たす必要があるとしました。
●割増賃金を「含めた」と言うには、内訳が分かることが必要
本件では、年俸額は定められていましたが、通常の労働時間分の賃金と、時間外・深夜労働に対応する割増賃金部分とを区別できる形にはなっていませんでした。最高裁は、割増賃金を含める合意が有効といえるためには、その金額や計算方法が客観的に判別できることが必要であり、単に「年俸に含まれている」とするだけでは足りないと判断しました。
●判別できない以上、割増賃金は別途支払う必要がある
その結果、最高裁は、本件年俸の中に割増賃金が含まれているとは認められず、使用者は年俸とは別に、法定どおりの割増賃金を支払う義務を負うとしました。
<踏まえての留意点>
●年俸制で割増賃金を包含する合意は明確に
年俸制において時間外・深夜労働の割増賃金を含めた合意をする場合は、割増賃金部分と通常賃金部分とを客観的に区別できるよう明示 する必要があります。曖昧にしてしまうと、裁判所が合意自体を否定する可能性が高まります。
●労働基準法37条の趣旨を意識した設定
年俸制であっても、労働基準法37条の割増賃金の目的である「時間外労働の抑制(会社に多く支払わせることで長時間労働を抑制する)」「補償(長く働いた分の負担を金銭で補う)」の趣旨を損なわないよう、制度設計と運用内容を整えること が重要です。単に高額な年俸を設定すれば割増賃金がカバーされると考えるのは適切ではありません。
●書面・契約書の表記と説明
労働契約書や賃金規程において、年俸に含まれるもの・含まれないものを具体的に明記し、労働者に説明 することが重要です。後日のトラブル・争いを回避するためにも、支給構造の透明性を確保しましょう。
出展
・事件名: 地位確認等請求事件(医療法人社団康心会事件)
・裁判所: 最高裁判所第二小法廷
・判決日: 平成29年7月7日(西暦2017年7月7日)
・参照法条: 労働基準法37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
・判決文(判決概要): https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/09186.html


