【重要判例】『求人票の記載内容と実際の雇用条件』―八洲測量事件(高裁1983年12月19日判決)

<事件のサマリー>

この事件は、大学在学中に会社の新卒募集に応募して採用試験に合格し、入社した新卒者Xらが、実際に支給された初任給が求人票に記載された「学歴別賃金の見込額」より低かったことから、会社に対して差額分の賃金支払いを求めたことを発端としています。

労働者Xらは、求人票に記載された学歴別賃金の見込額どおりの賃金が支払われるべきだと主張しました。一方、会社側は求人票の「見込額」は最終的な確定額ではなく、実際の労働条件は入社時に改めて決定されるものであり、求人票の数値そのものを確定的な賃金額とすることはできないと反論しました。

裁判所は、求人票に記載された賃金額は「最低額の保障」を意味するものではなく、将来確定されることを予定した目標額にすぎないと判断。また、採用内定時点で賃金が確定していなくても、入社時までに労働条件が明確になれば足り、労働基準法15条の労働条件明示義務にも反しないとしました。

<判決のポイント>

結論:労働者の敗訴

●求人票記載の賃金は「見込額」と理解されるべき

求人票に書かれた賃金が「見込額」である場合、その数値が直ちに確定的な賃金額を意味するとは限らないと裁判所は判断しました。新規学卒者向け採用募集では、入社までに期間があるため、その間に賃金制度が変更されることもあり、求人票段階での数値はあくまで 将来の参考値・期待値として理解されるのが通常 であると整理しました。したがって、求人票の「見込額」だけを根拠に、確定した賃金額として支払いを求めることは認められないと評価しました。

●採用内定時にすべての条件が確定するわけではない

裁判所は、採用内定をもって労働契約は成立するものの、その時点で賃金をすべて確定させる必要はないとしました。本件では、入社時に双方が署名・捺印した契約書があり、そこで金額が確定したとみなされました。

●信義則違反には当たらないと判断

労働者側は、求人票記載の見込額より確定賃金が下回った点について 信義則(相手の期待を裏切らないというルール)違反 を主張しました。これに対し裁判所は、求人票を信じて応募する学生にとって賃金は重大な関心事なので、会社は正当な理由なく見込額を著しく下回る額で確定させるべきではないとしつつも、求人段階と確定段階の差異自体が即信義則違反とは評価されないとの立場を示しました。

※本件ではオイルショックによる経済変動という特殊事情も考慮されました。

<踏まえての留意点>

求人票の賃金記載の意味合いを整理する

企業が求人票に賃金額を記載する際には、その数値が「見込額」であるのか「確定額」であるのかを明確に伝える工夫が重要です。求人票上は見込額であると理解される場合がありますが、 入社後の契約内容と齟齬(そご)があると誤解を招きやすいため、募集段階での説明や条件通知の際に言葉を選ぶことがリスク回避につながります。昨今は、必ず支給される最低下限の給与と収入例を併記することが多いです。

労働契約成立時の条件確定プロセスを設計する

採用内定が労働契約の成立を意味すると考える実務もありますが、賃金など重要労働条件は入社までに確定されるケースもあります。そのため、 どのタイミングで条件を確定するのか、書面で示すかを明確にする仕組みづくりが重要 です。求人票段階から最終条件提示までの流れを整理しておくことで、後のトラブルを防げます。

求人票の用語選びと記載内容に慎重になる

求人票に記載する表現一つで、労働条件の法的評価が変わり得ることを理解しておく必要があります。特に賃金(給与)や労働時間(勤務時間)は、労働者の応募判断に影響を与えるため、 求人票の表現が誤解を生まないよう細心の注意を払うことが大切です。さらに、求人票と雇用契約書との整合性を保つことが望まれます。

出典

・事件名:賃金請求控訴事件(八州(旧八洲測量)事件)
・裁判所:東京高等裁判所
・判決日:昭和58年12月19日(西暦1983年12月19日)
・参照法条:労働基準法15条(労働条件の明示)、民法1条2項(信義誠実の原則)
・判決文(判例概要):https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/00154.html