【重要判例】『雇入れの自由と試用期間中の解雇』―三菱樹脂事件(最高裁1973年12月12日判決)

事件のサマリー

この事件は、三菱樹脂株式会社が、学生運動の経歴を持つ従業員Xを試用期間後に本採用しなかったことに対し、従業員Xがこれを不当解雇として争ったものです。

従業員Xは、思想・信条を理由とした解雇は違法だと主張しましたが、会社側は、採用活動は企業の自由であり、試用期間中に従業員Xの経歴調査への非協力を理由に本採用を拒否したことは正当だと主張しました。

最高裁は、企業には広範な「雇入れの自由」があり、試用期間中の本採用拒否は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる限り有効であると判断し、会社の主張を認めました。

判決のポイント

📌企業における「雇入れの自由

最高裁判所は、企業には「雇入れの自由」があり、どのような人物を採用するかは原則として企業の自由な判断に委ねられるとしました。憲法に保障された思想・信条の自由は、国と国民の関係に適用されるものであり、私企業と労働者の関係には直接適用されないと判断しました。したがって、企業が応募者の思想や信条を調査すること自体は、直ちに違法とはならないとしました。

📌試用期間中の本採用拒否

試用期間付きの雇用契約は、解約権が留保された特殊な契約です。最高裁は、この解約権の行使は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる場合にのみ有効であるとしました。今回のケースでは、従業員Xが提出した履歴書に虚偽記載があり、会社からの調査にも協力しなかったことが、本採用拒否の正当な理由として認められました。

📌公序良俗違反の可能性

雇入れの自由は広範に認められるものの、公序良俗に反するような不当な差別は許されないとされました。しかし、本件においては、会社の調査目的は従業員Xの職務遂行能力や適性に関わるものであり、経歴調査自体が公序良俗に反するとは言えないと判断されました。

踏まえての留意点

👉採用活動における合理性と公正性

企業は、採用選考において、応募者の職務能力や適性に関わる範囲で、客観的・合理的な理由に基づいた調査を行うべきです。思想や信条といったプライベートな領域に過度に踏み込んだり、性別、国籍、人種などに基づいた不当な差別を行ったりすることは、公序良俗に反する可能性があり、リスクが高いです。採用プロセスの透明性を高め、公正な判断基準を設けることが重要です。

👉試用期間の適切な運用

試用期間は、労働者の適性を評価するための期間であり、本採用拒否は客観的かつ合理的な理由に基づいて行わなければなりません。勤務態度不良や能力不足など、具体的な事実を記録し、本採用拒否の理由を明確に説明できる準備が必要です。また、本採用拒否の前に、改善を促すための指導や注意を行うなど、適切なプロセスを経ることが望ましいです。

👉労働者のプライバシーへの配慮

企業は、採用活動や雇用関係において、労働者のプライバシーに十分配慮する必要があります。三菱樹脂事件では、経歴調査が問題となりましたが、個人情報保護法の観点からも、個人情報の取得・利用は目的を限定し、本人の同意を得ることが不可欠です。職務と関連性のない情報の収集は控えるべきです。

出典

・事件名:昭和43(オ)932  労働契約関係存在確認請求
・裁判所: 最高裁判所大法廷
・判決日:昭和48年12月12日(1973年12月12日)
・参照法条:日本国憲法第14条、第22条、第28条()、民法第90条()、労働基準法3条(),労働基準法第2章
・裁判所の判決文https://www.courts.go.jp/hanrei/51931/detail2/index.html