【重要判例】『留学費用返還請求』―新日本証券事件(地裁1998年9月25日判決)

事件のサマリー
この事件は、新日本証券が導入した留学規程に基づいて海外留学を終えた従業員が、帰国後5年以内に自己都合で退職したため、会社が留学費用の全額返還を求めたものです。留学規程では、留学修了後5年以内に自己都合により退職した場合は、原則として留学に要した費用を全額返済させる旨が定められていました。
この従業員は、約1年4か月アメリカに留学し、帰国後、4年弱で自己都合退職をしています。従業員側は、この費用返還の規定は不当な違約金であり、労働基準法第16条(賠償予定の禁止)に違反するため無効だと主張しました。
東京地方裁判所は、留学規程が就業規則と同様の効力を持つことは認めつつも、返還規定が制裁的性格を帯び、従業員の退職自由を過度に制限すると判断しました。その結果、返還請求条項は労働基準法第16条に違反し無効とされ、会社の請求は棄却されました。つまり、労働者側が勝訴しています。
判決のポイント
裁判所は、留学規程を就業規則と同一の法的性質を持つと認め、以下の理由から会社の請求を棄却しました。
📌留学の業務性の認定
・裁判所は、従業員の自発的な意思がきっかけであっても、会社の業務に関連する学科を専攻させるなど、会社の業務命令として行われたものと判断されました。留学が従業員の利益になる自己研鑽の側面があったとしても、その業務性を否定するものではないとされました。
📌労基法第16条(賠償予定の禁止)との関係
・労働基準法第16条は「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と定めています。この規定の趣旨は、労働者が退職の自由を不当に制約されることを防ぐことにあるとしました。
📌返還合意の無効
・留学が業務としての性格を持つ以上、会社が負担した費用は会社の経費であり、労働者の個人的な費用(労働者への貸付)とは見なされません。したがって、この留学費用を労働者の退職によって生じる「損害」とみなし、返還を義務付けることは、労働基準法第16条の定める「賠償予定の禁止」に該当し、無効であると判断しました。
踏まえての留意点
👉費用返還規程の性格判断
留学費用返還の規程が「制裁的か」「貸付扱いか」を明確に分けて判断する必要があります。
👉周知方法の工夫
留学規程に就業規則的な効力を持たせるには、対象従業員への充分かつ明確な周知が必要です。
👉自由意思の尊重
留学費用返還規定が従業員の退職の自由を拘束しないよう、合意内容の文言と趣旨を慎重に設計すべきです。
👉法令遵守のチェック
労働基準法第16条の趣旨を踏まえ、返還規定が違約金とみなされないか注意深く設計すべきです。
出典
・事件名:平成9年(ワ)18746 留学費用返還請求事件
・裁判所:東京地方裁判所
・判決日:平成10年(1998年)9月25日
・参照法条:労働基準法16条「賠償予定の禁止(※)」、労働基準法89条「就業規則の作成(※)」、労働基準法106条「就業規則の周知(※)」
・裁判所の判決:https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/07184.html


